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恋愛検定15級。愛を語る

歌の歌詞で、愛だ、恋だと言ってるのが、 はぁ?(‘ω’) と感じてしまう
女性の心理が全く読めない、恋愛検定15級の私が愛について語る回

(*‘ω‘ *) だからいい歳して、15級

(*‘ω‘ *) 風〇 にも未だ行った事が無いという経験値の低さ

(*‘ω‘ *) 色々とお子様である。

もはや、パソコン教室のBlogじゃないだろう!というこのBlog。
生徒さんにもお話したのだけど、ここは 『王様の耳はロバの耳‼』って叫ぶ穴のような所で、色々うごめいている場所です。
表だって言えないけども、(‘ω’) こうじゃないの? という私の叫びBlogです。
一部ご不快になられる事もあるかと思いますが、このBlog 最初にその点、お断りしておきます。


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個別の個性、個別の価値観

異なる単体の個性が、1つになる。それはご存じの通り、その生成プロセスについて理解した方が早いと考えます。

個性と個性

それそれの個性は、普段、それぞれの価値観や方向性、環境の中で、行き交います。
その遭遇ポイントの回数が上がれば上がるほど、他人から、知り合いレベルになります。
まだ、この時、個性は自我を守る為に、外骨格で自分を守っている状態です。

矢印の方向は、意識の方向で、例えば、この状態だと片思い

芸能系や、アイドル・推しと呼ばれる、愛とはこういう感じ

婚活パーティはこんな感じ
相手の職業・年収が気になる個性、家族や子ども、それを担保する若さを求める個性

因みに、これは全体的な事を示す私の解釈で、もちろん個別には違う所はあります。
お金だけを見ている訳じゃない! 年齢だけを見ている訳じゃない! 
そりゃそうです。個性の価値観は様々ですから。
あくまで、全体像という感じで、こんなどうでも良い所を説明したい訳じゃありません。
このアイコンの示す、〇とその外骨格と、→の意味を分かりやすく解説しただけです。 気にしないでね。

もしお金だけという事が事実なら、毎夜 クラブに遊びに行く、オジサマ達は、モテモテという事になるけれど、クラブ内ではともかくも、一般社会において、常にモテモテという事に直結しない。
また、若さだけという事なら、年上を選んだ瞬間にアウトと言うことになるが、当然そういう事にはならない。

(‘ω’) 私は年上も好きだがな!幼稚園の時から。

個別からグループ化

お互いに向き合う事で、お互いを知り、知りたいと融合の前段階に入ります。
互いの心の外骨格となるガードが外れます。

一生涯の中で、これをMAXの状態となるケースもありますが、お互い見つめ合うだけでは、周りが見えません。
恋に恋をする、ドラマにありそうな恋愛がこのケースです。

そして、お互いを見るよりも、お互いに同じ方向を見る様になります。

この状態で、法律的にグループ化するのが婚姻届けを提出しての結婚です

ちなみに、男性がよくやる浮気はこういう状態

私個人の見解ですが、別に女性だって浮気したって良いと思ってる派です。
特別推奨している訳でもないけど、否定もしない。
男性だけが、ある意味で昔から正当化…というのは、腑に落ちないでしょう?
(‘ω’)演歌とかの歌詞がそうだから。
そもそも、気持ちが無いのだから。気持ちと、書面上のグループ化とは、意味として繋がっている訳じゃない。
結婚はあくまで、法律上のグループ化であって、グループ化は逆に言えば、グループ化解除もデキるのです。それが融合と根本的に違う所。
勿論、1つの抑止にはなるし、それを切っ掛けに、絆が強まるという言い方もできる。

因みに、私は浮気されたら、自分が提供するものが魅力的な内容ででなかったのだと判断するので
(´・д・`)ゞゴメンネ~ って思います。

別の血液型同士で輸血すれば拒絶反応が起こる。
精神的な側面でも、それは変わらない。それをロープでがんじがらめにグループ化した所で、心は奪えない。
個性の自由と個性の価値観は、誰も奪えない。夫婦でも、親でも。

そして、奪われ、略奪してきた、感情では、次に続く融合は決して果たせない。

だって、男性だけ、夜の風〇街や、クラブやお姉ちゃんがいるお店とかで楽しむのが普通で
(‘ω’)付き合いやねん。 っていうのも どうなん?っておもわん?

(‘ω’) まっ私はいかんがな。 行かないから余裕でこう言っていられるのもある(笑)

融合

共に歩み、共に同じ苦労をし、共に同じ経験をすると、個性と個性の差は曖昧になります。

私はあなた、あなたは私 という状態です。

個別の意識は、個別の意識そのものを持ちながらも、その集合体という個と集 の2系統の価値を持ち始め、全体を別の外骨格となるバリアを形成します。個性と家族のような状態です。
このバリアとなる、包括するエリアが明確になる事で、個性はより強固になります。

その融合は次第に進み、個性の差の曖昧がさらに曖昧になります。溶ける様に

そして、1つの生命体の様に、完全に融合を果たします

この状態では、もはや結婚というグループ化などどうでもよく、個性の損得など存在しない世界です。
肉体的な融合が快楽があるように、精神の融合の快楽はその比較にならない程の快楽ですが、なかなかそこまで行きつく事がありません。

別の1つの意識、別の1つの生命の様に。 これは子どもという事ではありません。 精神的な意味での完全融合です。
この形態が 私の言う 「愛」です。

ちょっと科学的な感じで水を差すようですが、私たちの身体は、1つ1つの細胞によって今現在 形を成しています。
それはご存じの通りで、凡そ37兆個程と言われていますが、体重などによってもピンキリです。
そんな莫大な数の細胞も、元は 1つの卵子と1つの精子によって細胞分裂が始まって、ここまでの数に増える訳ですよね。
この細胞の内部を見ると小中学校? あたりで習う細胞の詳細を考えてみてください。

細胞もまた、元は、ミトコンドリアなど、バラバラだったものが1つになり、それに脂肪による細胞膜を得た事で、1つの細胞、つまりは単細胞生物の誕生となった訳です。
ここまで話してきた事と、実際に身体で起こっている事に違いが無いのが分かりますか?

では、細胞として形を成したもの。つまりは単細胞が次に何をするでしょうか。
それは、細胞分裂です。

融合、そして分離

個性の融合の過程で生まれてくるのが子どもです。
子どもは2つの個性の融合体ですから、肉体的・精神的、そのベースは2つの個性を引き継ぎます。
ただ、精神面においては、成長過程で大きく才能も含め、新たな個性として派生します。
融合体は、ある意味の変異を持って生まれます。これが機械と違う、つまりコピーではないという事です。
この過程を進化と言います。

進化は何も、より良いものという意味でも無ければ、劣るという事ではありません。
結果的に、個性と個性が進み、その結果に出来た別の結果という事です。

これまでは、融合という過程でしたが、子どもとはその逆で、融合から分離 となります。
この感覚が分かりやすいのは、やはり出産を経験された方だと体感的に思える所だと思います。

母体から、生み出された、新たな個体は、単純な単細胞と異なり、自由意志があります。
決して、共同体の為に動こうとはしません。人間の場合は。

自由気ままに、全方位に興味を持って動き回ります。
母親が意識を向けても、子どもは、全方位に意識が向かいます。

自由意志を持つ個性は、あまりに自由ですが、形成された社会秩序の中にあって、ある程度決まったルート内を歩くという事が求められます。
それは、人間社会だけでなく、動物もまた、狩りの仕方を教えられるのと同じです。

親は、その社会秩序の全体像を把握しているので、こうした方が手っ取り早いというのは知っていますが、自由意志が見えている範囲は非常に狭く、いつ落ちて死ぬかもしれません。
死に伴う危険を教える事も大切ですので、時にはそのリスクを身体に刻む事、自由に動き回り、安全とリスクの境界線を自分で見定める事を教えなければ、本当の意味での死に繋がります。

全体像を知っている親は、時には、オレンジの矢印の様に最短ルートを提案しますが、自由意志の個性は、そもそもその先も、周りも見えてないので、親が示すオレンジのラインの意味が分かりません。

素直に親の言う事を利く子は結果的に、最短ルートで最小の苦労で最大のメリットを得られるという、親の知識を使えますが
素直さが無い子どもは、曲がりくねった道通りに一見して遠回りで、それなりの苦労とそれなりの経験をします。

最短ルートが常に正しい訳ではありません。結果的に最短ルートですが、その過程で得る失敗を経験できない事は、後に 死に対するリスクを知る目線を育むチャンスもショートカットされるという事を示します。

これが子育てという物です。

時代

この社会の秩序的な道、さらにその価値観というのは常に変動します。
昔は〇〇だったというアドバイスは、内容によりますが、細部においては全く意味をなさないアドバイスとなり、場合によって次世代にとっては余計に足を引っ張る場合もあります。

次世代は、昔の〇〇から、現代に当てはめた場合、過去の規則性から、今後を予測する知見が必要となります。
目先の言葉、目先の結果よりも、その物事の本質がどこにあり、どういう規則性を持つのかを理解する事が大切です。
つまり、時代によって変化はするも、本質が何も変わらないのだという事を知る事です。

この目線が身につけば、例えば、自分自身を知る為に、どこかへ行くという発想はなくなります。
自分がどこにいるのか、というのは、ほかならず、外の世界ではなく、自分の内にあるモノだという成長の過程に入る事がデキますが、それがデキない場合、例えば 世界中を旅する事で、自分を見つめなおす、新しい学校へ行って自分を見つめなおすという事が往々にしてありますが、自己とは自己の中に存在し、どこかに行けば見つけられるものでは無いのだと知ります。

新たな個性と個性の出会い

こうして成長していき、自我を確立し、それぞれの価値観、成長過程での経験を元にして、新たな個性が形成されます。
個性は、また新たな個性と出会い、融合と分離を繰り返すループとなります。

とどのつまり、私において、愛 子どもの有無とは関係なく、心地よく新たに可能性を生み出す根源であり

(‘ω’) 優しぃ

とか

(‘ω’) そこどうでもいい。

とはいえ、私も人の子

恋に落ちれば キュン死する(*‘ω‘ *)

終わりに

(‘ω’) 愛について語るって…。

(; ・`д・´) 全然、ロマンがないやないか!

(‘ω’) すみません。これが私の認識している愛なので、恋愛検定15級なんです。

(‘ω’) ちょっと 『恋におちて』聞いて研究するわ

(‘ω’)昔、カラオケで歌ってた気がする。これ…。

と、こうした愛の仕組みをIllustratorのA4用紙1枚で解説する私の試みでした。

ついでに…。

前回のBlogで表紙に使ったこの絵

これは、テニスをしている女子が言ってるという設定で、この曲聞いてて、その雰囲気で再現したってだけです。

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