【保護者必須】なぜ、大人の目線から見て子どもは折れやすいと感じるのか

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序章

さまざまな年齢層の若い世代を見ていて、考えさせられることは多くあります。
ただ、それは「若いから」という理由だけで生まれるものではなく、年齢を重ねた大人に対しても、同じように感じることはあります。私にとって年齢や性別は、あくまで数あるパラメーターの一つに過ぎません。

それでも「最近の若い子は」という言葉が、いつの時代にも繰り返されてきたのも事実です。おそらくこの言葉は、縄文時代から存在していたのではないか、と思うほど普遍的なものなのでしょう。
ただし、今の時代は確かに大きな転換期にあります。そのため、世代間のギャップが、これまで以上に強く感じられているのだと思います。背景にあるのは、成果やパフォーマンスをそれほど求められなかった時代と、常に結果を求められる時代との差。そして、かつてとは比べものにならないほどの情報量の違いです。

今回は、「今の子どもたち」と言う大人の立場から、なぜそのような行動や思考に至るのかを、感覚論ではなく論理的に解きほぐしていく試みです。

なぜ「メンタルが弱い子」が増えたと感じるのか

「最近の子は、メンタルが弱い」 多くの親が、そう感じていると思います。
少し注意されただけで落ち込む、失敗を極端に怖がる、挑戦する前から諦めてしまう。
けれど、これは決して「子どもが甘えているから」でも、「親の育て方が間違っているから」でもありません。

むしろ逆で、今の子どもたちは、とても多くのものを背負って生きています。情報は常に溢れ、比較は日常になり、評価は目に見える形で突きつけられる。失敗すれば、その記録が簡単に残り、「なかったこと」にしづらい社会です。大人が思っている以上に、子どもたちは緊張した状態で日々を過ごしています。

その中で心が折れやすく見えるのは、弱いからではありません。
心を休ませる余白が、構造的に失われているからです。昔のように、失敗しても笑ってやり直せる時間や、結果を出さなくても居場所がある感覚が、今はとても持ちにくくなっています。直ぐに結果を求められ、直ぐに動きという目で見てわかる状態が求められ、ただ何も考えない、ただ何もしない。それこそ蟻の行進を見ている程の余裕がない程に、情報過多の中に使っています。 

「メンタルが弱い」のではなく、消耗しやすい環境に置かれている
まずこの前提に気づくことが、これからの子育てや教育を考える最初の一歩になります。

今の親が、無意識にやりがちな関わり方

今の親は、決して過干渉でも冷たいわけでもありません。
むしろ、子どもの将来を真剣に考えているからこそ、つい「先回り」をしてしまいます。
失敗しないように答えを教える、遠回りしないように効率の良い方法を示す、無駄な努力をさせないように道を整える。どれも、子どもを思っての行動です。

ただ、その善意が重なった結果、子どもが自分で考え、迷い、納得する時間が削られてしまうことがあります。親が用意した正解をなぞることに慣れると、子どもは「自分で決めた感覚」を持ちにくくなります。
そして、うまくいかなかった時に「なぜやるのか」「どう立て直すのか」を自分の中で整理できず、心が止まってしまうのです。

結果を急ぐ関わりは、短期的には安心を与えますが、長い目で見ると納得して動く力を育てにくくします
大切なのは、失敗を防ぐことではなく、失敗しても立て直せる経験を奪わないこと。その視点が、これからの関わり方の土台になります。

今の子どもたちが置かれている現実

今の子どもたちは、私たちが子どもだった頃と比べて、明らかに置かれている環境が違います。
一番大きな違いは、情報量と評価の密度です。
日常的にSNSやネットを通じて他人の成果や生活が目に入り、無意識のうちに比較が始まります。しかも、その比較は一時的なものではなく、常に更新され続けます。
さらに、学校や家庭でも「結果」が重視されやすくなり、途中の過程や迷いが評価されにくくなっています。
失敗すれば、それが履歴として残り、やり直しが効きにくいと感じてしまう。こうした環境では、安心して立ち止まったり、考え込んだりする余裕が生まれません。

その結果、子どもたちは考える前に判断を迫られる状態に置かれています。ゆっくり試行錯誤する時間が奪われ、短期的に正解らしい選択を取ることが優先される。
この「余裕のなさ」こそが、今の子どもたちの思考や行動を大きく左右している現実です。

「考える時間」が奪われた結果、起きていること

今の子どもたちは、「考える時間」をほとんど持たないまま、次々と判断を求められています
選択肢は多いように見えて、その実、選ぶまでの猶予は短く、立ち止まって迷うこと自体が許されにくい空気があります。
間違えれば評価が下がる、遅れれば取り残される、そんな無言のプレッシャーの中で、子どもたちは日常を過ごしています。

この環境が生み出すのは、深く考える前に答えを探す思考です。自分なりの仮説を立てて試すよりも、「正しそうな答え」を外から拾ってくるほうが安全に感じられる。結果として、思考は短絡的になり、プロセスよりも結論だけを重視する癖が身についていきます。
また、考える時間がない状態では、失敗が単なる経験として処理されにくくなります。なぜ失敗したのかを振り返る余裕がなく、「失敗した」という事実だけが強く残る。その積み重ねが、「失敗=避けるべきもの」という認識を強め、挑戦そのものを遠ざけてしまいます。

こうして子どもたちは、行動はしているのに自信が育たず、努力しているのに手応えを感じられない状態に陥ります。
結果を急ぐあまり、考える力そのものが育つ前に消耗してしまう。これが、今多くの子どもたちに見られる空回りの正体です。

結果主義が生む「空回り」という問題

結果主義そのものが悪いわけではありません。
結果を見ることは、成長や改善のために必要な視点です。ただ、今の子どもたちが置かれている結果主義は、過程を省略したまま結論だけを求める構造になってしまっています。ここに大きな問題があります。学校教育そのものがまさにこれです。そして塾が教えてるのもそうです。
今、子育てしている世代が子どもだった時、もっと科目数は少なかったはずです。 しかし年々必要科目数が増え、情報量が増える。時代が変わるごとに、文科省が次々に増やしていく、でも捨てて行かれる科目は無い。時間の奪い合い。 
こんな薄い教育をしていて、時間と結果を求められるのなら、考えずに、答えを取りに行こうとする行為は当然です。テストでは、計算結果の答えは求められますが、思考を求められないのですから。

結果だけが評価される環境では、子どもは「どう考えたか」「何を試したか」よりも、「うまくいったかどうか」だけで自分を判断するようになります。すると、努力は積み重なるものではなく、その場限りの賭けのような感覚に変わっていきます。うまくいけば価値があり、うまくいかなければ意味がない。その思考は、行動を軽くし、同時に心を消耗させます。

この状態が続くと、子どもは常に動いているのに、何も残っていない感覚に陥ります。調べている、挑戦している、学んでいるはずなのに、自分の中に「積み上がった実感」がない。だから次の行動も、また短期的な結果を求めるものになり、同じところをぐるぐる回ることになります。これが、いわゆる空回りです。
さらに厄介なのは、この空回りが「努力不足」と誤解されやすいことです。
実際には努力しているにもかかわらず、結果が出ないことで自信を失い、「自分は向いていない」「どうせやっても無駄だ」と考えるようになります。ここで折れてしまう子も少なくありません。

本来、学びや成長は、結果が出る前の期間にこそ蓄積されていくものです。
しかし結果主義が強すぎると、その「見えない成長期間」が無価値だと錯覚してしまいます。
その錯覚こそが、子どもたちから粘りや試行錯誤を奪い、心をすり減らしていく最大の要因なのです。

本当に身につけてほしい力は、結果の前にある

子どもにとって結果が大切なのは、言うまでもありません。テストの点数、評価、成果、周囲からの承認。それらは自信につながり、次の一歩を踏み出す原動力にもなります。ただし、ここで一つ見落とされがちなことがあります。それは、結果は突然生まれるものではないという事実です。

結果の前には、必ず「目に見えない力」が存在します。一般にこれらは「非認知能力」と呼ばれることが多いですが、その中身は決して曖昧なものではありません。
たとえば、すぐに成果が出なくても投げ出さない継続する力
失敗しても自分を否定せずに立て直す自己調整力
意味が分からない状態でも考え続ける思考の粘り
そして「なぜやるのか」を自分なりに見出そうとする内発的な動機づけ
これらはすべて、結果の手前で働いている力です。

さらに言えば、やる気そのものも、最初から湧いてくるものではありません。多くの場合、やる気は「少し分かってきた」「少し手応えを感じた」という体験の後に生まれます。つまり、やる気は原因ではなく、結果に近い位置で生まれる副産物なのです。それにもかかわらず、結果だけを急いでしまうと、やる気が育つ前に行動を止めてしまうことになります。

こうした見えない力は、短期的な評価では測れません。むしろ、成果が出ていない期間、周囲から注目されない時間の中で、静かに蓄積されていきます。そのため、結果主義の強い環境では「今は意味がない」「役に立たない力」と誤解されがちです。しかし、人生全体で見れば、これらの力こそが後半で大きな差を生み出します。

子どもが途中で諦めてしまうのは、能力が足りないからではありません。結果が出る前の段階で、「続ける意味」や「今やっていることの価値」を自分の中で納得できていないからです。結果の前にあるこれらの力の存在を知り、信じられるようになること。それが、短期的な成果に振り回されず、長く成長し続けるための土台になります。

これからの時代に欠かせない「4つの力」

これからの時代を生きる子どもたちに本当に必要なのは、「すぐに結果を出す力」ではありません。
結果が出るまでの時間をどう捉え、どう過ごせるかという、時間に対する考え方そのものです。ここで重要になるのが、次の4つの力です。

まず一つ目は、遅れて効く力の存在を信じられる力です。
今やっていることが、すぐには役に立たなくても、後から必ず効いてくる。そう信じられるかどうかは、行動を続けるうえで決定的な差になります。この感覚がないと、「今意味がないこと」はすべて切り捨てられてしまいます。

二つ目は、複利的に育つ能力を理解する力です。
努力や経験は、一直線に成果へ変わるわけではありません。小さな積み重ねが、ある地点を越えたときに一気に伸び始める。この構造を知らないと、「頑張っても変わらない」と感じた瞬間に諦めてしまいます。逆に、複利の考え方を知っていると、成果が出ない時期を「仕込みの時間」として受け止められるようになります。

三つ目は、意味は後から立ち上がるという構造を受け入れる力です。
最初から完璧な意味や目的が分かっている行動は、実はほとんどありません。やってみて、振り返って、初めて「あの経験があったから今がある」と理解できることの方が圧倒的に多いのです。意味を先に求めすぎると、行動そのものが止まってしまいます。

そして四つ目が、回収前に耐える期間があることを前提にできる力です。
学びでも、仕事でも、人間関係でも、成果が返ってくるまでには必ずタイムラグがあります。この「まだ返ってこない時間」を失敗や無駄だと捉えるか、必要な工程だと捉えるかで、その後の伸び方は大きく変わります。

これら4つの力は、知識として教えるだけでは身につきません。実際に体験し、「あ、本当に後から効いてきた」「続けていたら形になった」という実感を通して、初めて自分の中に落ちていきます。だからこそ、これからの教育や子育てでは、結果を急がせるよりも、この構造を経験させる場をどう用意するかが親御さんとしても、重要になります。

なぜ「教える」だけでは足りないのか

ここまで読んで、「なるほど、確かに大事だ」と感じた方も多いと思います。
ただ同時に、こう思われたかもしれません。「それなら、その4つの力を子どもに教えればいいのではないか」と。けれど、ここに大きな落とし穴があります。

人は、分かっただけでは行動を変えられません。どれだけ正しい説明を聞いても、自分の中で納得が起きていなければ、行動にはつながらないのです。
これは大人でも同じです。運動が体に良いと分かっていても続かない、長期投資が有効だと知っていても途中でやめてしまう。知識と行動の間には、想像以上に大きな隔たりがあります。

子どもにとっては、なおさらです。
「今は意味が分からなくても、後から役に立つ」
「続ければ、いつか伸びる」
こうした言葉は、頭では理解できても、実感が伴わなければ単なる大人の理想論に聞こえてしまいます。むしろ、結果が出ない現実とのギャップに苦しむ原因になることさえあります。

だからこそ必要なのが、体験を通した理解です。実際に「すぐには成果が出なかったけれど、続けたら変化が起きた」「途中では意味が分からなかったけれど、後から振り返ると価値があった」という経験をすることで、初めて子どもはその構造を信じられるようになります。これは説明では代替できません。

また、教える側が先に答えを示しすぎると、子どもは「理解したつもり」になりやすくなります。分かった気になる一方で、自分で考え、試し、失敗し、立て直すプロセスを通っていないため、少し状況が変わると対応できなくなります。結果として、「知っているのに使えない」状態が生まれてしまいます。

本当に大切なのは、子どもが自分自身で「腑に落ちる瞬間」を迎えることです。
その瞬間は、教えられたときではなく、体験を振り返ったときに訪れます。だからこそ、これからの教育や関わり方では、「何を教えるか」以上に、「どんな経験を用意するか」が問われるのです。

経験させることで、子どもの思考はどう変わるのか

結果を急がせる関わりから、経験を重視する関わりへ切り替えたとき、子どもたちの中では静かだけれど、確実な変化が起こり始めます。それは、すぐにテストの点が上がるとか、急に前向きになるといった分かりやすい変化ではありません。むしろ、物事の捉え方そのものが変わっていくのです。

まず現れる変化は、「すぐに答えを求めなくなる」ことです。
これまでの子どもは、分からないことがあると不安になり、早く正解を知ろうとしていました。しかし、遅れて効く力や複利の構造を体験すると、「今は分からなくても大丈夫」「もう少し続けてみよう」と考えられるようになります。分からない状態を、失敗ではなく途中の状態として扱えるようになるのです。

次に変わるのは、失敗への向き合い方です。
結果主義の環境では、失敗は避けるべきもの、できれば経験したくないものになります。しかし、回収前に耐える期間を実感として知った子どもは、失敗を「回収前の出来事」として捉えられるようになります。うまくいかなかったとしても、それで全てが終わるわけではない。失敗が経験として積み上がる感覚を持ち始めます。

さらに大きいのは、意味の捉え方の変化です。
最初から明確な目的がなくても、やってみた結果、後から意味が見えてくる。そうした経験を重ねることで、「今は意味が分からないからやらない」という思考から、「意味は後で分かればいい」という柔軟な考え方へと移行していきます。これにより、行動の幅が大きく広がります。

そして何より、子ども自身の中に「自分で納得して動いた」という感覚が残ります。
親や先生に言われたからやったのではなく、自分なりに続け、自分なりに振り返り、自分で価値を見出した。その体験は、小さくても確かな自信になります。この自信は、外からの評価に左右されにくく、次の挑戦への土台になります。

経験を通して育つのは、やる気や根性といった曖昧なものではありません。時間をかければ変わるという信頼、積み上げは裏切らないという実感、そして自分で立て直せるという確信です。これらが揃ったとき、子どもは短期的な結果に振り回されにくくなり、長い目で物事を考えられるようになります。

親ができることは「急がせない環境」を用意すること

ここまで読んで、「じゃあ親は何をすればいいのか」と感じた方も多いと思います。
特別な教育理論や、高度な指導スキルが必要なのでは、と不安になるかもしれません。でも、実は親ができることは、とてもシンプルです。
それは、子どもを急がせない環境を用意することです。

多くの親は、子どもを怠けさせないため、遅れさせないために、つい先を急がせてしまいます。
結果を確認する、成果を求める、意味を説明させる。どれも間違いではありませんが、その頻度が高くなりすぎると、子どもは「今できていない自分」を常に突きつけられることになります。その状態では、挑戦よりも防御が優先されてしまいます。

急がせない環境とは、何もしないことではありません。むしろ逆で、途中の状態を許可する環境です。
「まだ途中だね」「今は回収前の時期だね」「続けていること自体が価値だよ」と言葉にして伝えることで、子どもは安心して考え続けることができます。結果が出ていない時期を、失敗でも停滞でもなく、必要な工程として扱うのです。

また、親ができる大切な役割は、答えを出すことではなく、問いを残すことです。「どうだった?」「何が分かった?」「次はどうしてみる?」といった問いは、子どもに自分の中で意味を立ち上げる余白を与えます。正解を与えられた経験よりも、自分で納得した経験の方が、はるかに深く残ります。
とはいえ、頻繁に「どうだった?」を聞くと、ウザがられますので注意してくださいね。 

子どもがゆっくり成長することを許すのは、簡単なことではありません。親御さんとしても不安になることもあるでしょう。
それでも、急がせない環境は、子どもに「自分のペースで考えていい」という安心感を与えます。その安心感こそが、遅れて効く力や複利的に育つ能力を支える、最も重要な土台になります。

「待つ力」を育てることは、放置ではない

「急がせない」「待つ」と聞くと、不安になる親は少なくありません。何もしなければ怠けてしまうのではないか、競争に置いていかれるのではないか、社会で通用しなくなるのではないか。そう感じるのは、とても自然なことです。だからこそ、ここで一つはっきりさせておきたいことがあります。それは、待つことと放置することは、まったく別物だということです。

放置とは、関心を持たないこと、関わらないこと、結果にも過程にも目を向けないことです。一方で、待つという行為は、子どもの状態をよく見た上で、今は介入しすぎないと判断する、非常に能動的な関わり方です。待つためには、親の側に状況を理解する力と、信じる覚悟が必要になります。

子どもが結果を出していない時期、成長が見えにくい時期ほど、親は不安になります。その不安から、つい口出しをしたくなる。正解を示したくなる。けれどその瞬間、子どもは「自分で考える余地」を失ってしまいます。考えがまとまる前に答えを渡されると、納得は生まれません。ただ従うか、反発するかのどちらかになってしまいます。

待つ力を育てるとは、子どもに何も求めないことではありません。むしろ、「考えている途中でいい」「今は回収前の段階だ」という前提を共有し、その過程を一緒に見守ることです。進んでいるかどうかではなく、向き合っているかどうかを見る。その視点があると、親の関わり方は大きく変わります。

また、待つという姿勢は、子どもに強いメッセージを送ります。それは、「結果が出ていない今のあなたにも価値がある」というメッセージです。この感覚を持てた子どもは、失敗を極端に恐れなくなります。なぜなら、失敗しても関係性や居場所が失われないと、身体で理解できているからです。

待つことは、決して楽ではありません。すぐに成果が見えない中で信じ続けるのは、親にとっても忍耐が必要です。しかし、この「待たれた経験」こそが、子どもにとっては、将来つまずいたときに自分を立て直すための内側の支えになります。誰かに急かされ続けた記憶よりも、信じて見守られた記憶の方が、人を強くします。

今、株をしている、NISAやiDeCoをしている方になら、株式投資で考えてください。その方がわかりやすいかもしれませんね。
子どもの様子が少し下がったように見えた瞬間、すぐに声をかけ、指示を出し、軌道修正しようとする関わり方は、まるでデイトレーダーのようです。値動きを常に気にし、少しの下落にも耐えられず、頻繁に売買を繰り返す。その結果、手数料と感情だけが消耗し、本来得られたはずの成長の果実を取り逃がしてしまいます。
あまりに短期的な利益ばかりを見すぎて、大きな波を見ていません。

一方で、子育ては本質的に20年単位の長期投資です。途中で上下に揺れるのは当たり前ですし、一時的に伸び悩む期間も必ずあります。そのたびに介入してしまえば、子どもが本来持っている成長の力や、自分で回復する力は育ちません。長期投資家が一時的な下落を「失敗」とは捉えないように、子育てにおいても、途中の停滞はプロセスの一部に過ぎないのです。

長期投資で大切なのは、企業の本質を見ることです。日々の株価ではなく、その企業が何を積み上げているか、どんな力を内側に持っているかを見る。同じように、子どもを見るときも、「今できているか」ではなく、「考えようとしているか」「向き合おうとしているか」「続けようとしているか」という内側の成長を見る視点が必要になります。

親がすぐに介入しないという選択は、無関心なのではありません。むしろ、「この子の成長は、短期の値動きで判断するものではない」と理解しているからこそできる、高度な判断です。信じて待つことは、放置ではなく、最も長期目線に立った関わり方なのです。

子育てを短期売買にしてしまうと、親も子も疲弊します。しかし、長期投資として捉え直したとき、多少の下落や停滞は「想定内」になります。その余裕こそが、子どもにとっては安心感となり、自分で立ち直る力を育てる土壌になります。

これからの教育で、本当に大切になる視点

これからの時代、子どもを「強くする」教育よりも、「壊れにくくする」教育が、ますます重要になっていきます。強さとは、折れないことではありません。揺れたときに立て直せること、迷ったときに考え直せること、その力を内側に持っているかどうかです。

結果を早く出すことが評価されやすい社会では、どうしても短期的な視点に引っ張られがちになります。
しかし、人生全体で見れば、価値が大きくなるのは、時間をかけて育った力です。
遅れて効く力、複利的に育つ能力、意味が後から立ち上がる構造、回収前に耐える期間があるという前提。
これらを知っているかどうかで、困難に直面したときの捉え方は大きく変わります。

また、正解を教えることが中心だった教育から、納得を育てる教育へと視点を移す必要があります。
正解は状況によって変わりますが、納得は自分の内側に残り続けます。
自分で考え、自分で選び、自分で振り返った経験は、外から奪われることのない財産になります。

親や大人の役割も、変わっていきます。先に答えを示す存在から、考える余白を守る存在へ。
結果を管理する立場から、プロセスを信じて見守る立場へ。その転換は簡単ではありませんが、子どもが長い人生を自分の足で歩くためには欠かせない視点です。

子育てや教育は、短距離走ではありません。株式投資と同じように、途中で上下に揺れながらも、時間を味方につけて価値を育てていく長期戦です。目先の成果に一喜一憂するのではなく、20年後にどんな大人になっていてほしいか、その視点から今の関わり方を見直してみてください。

結果よりも納得を。
早さよりも深さを。
そして、強さよりも、立ち上がれる力を。

この視点こそが、これからの時代を生きる子どもたちにとって、最も大きな支えになるはずです。

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